仏教講座_浄土真宗【正信偈を学ぶ】第6回_仏説無量寿経から正信偈を味わう

▼この内容は動画でもご覧いただけます

(この内容は、2021年5月12日に開催した「オンライン朝参り」でのものです)

皆様、「オンライン朝参り」に、本日もようこそお参りくださいました。今回から、ご参加の皆様と「正信偈」の内容を味わってみたいと思っています。題して、【正信偈の基礎を学ぶ】シリーズです。

「オンライン朝参り」では、「正信偈」についてお話するのは初めてになりますが、以前、Youtubeで正信偈の解説動画を数本あげております。ですので、第6回となっております。

とはいえ、まだ「正信偈」のはじめのほうですし、今後お話する中で、内容が行きつ戻りつすることもあると思いますので、続きからはじめてみたいと思います。

「正信偈」と言えば、浄土真宗の基本とされるものですので、浄土真宗とご縁がある方においては、是非これを機に触れていただければ嬉しいです。そして、学んでいって「正信偈」にどんな内容が書いてあるのかが分かると、となえる時の心持ちも変わってくるかと思います。ですので、是非共に学んでまいりましょう。

ちなみに、学んだ内容や、気付いたことなどを、お経の本に書きこんでいただくことも、私は良いことではないかなと思っています。正信偈を読む時に、何度も何度も、内容を味わえますからね。

本願寺第八代宗主の蓮如上人は、「聖教は読み破れ」とおっしゃったそうですから、お経本をお持ちの方は、是非どんどんと書き込んで、「マイ経本」として大切にしていただければと思います。

◆正信偈の構成

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さて、前回までの振り返りになりますが、「正信偈」(しょうしんげ)とは、正式には「正信念仏偈」(しょうしんねんぶつげ)と言います。浄土真宗の宗祖である親鸞聖人(しんらんしょうにん/1173~1263)がおつくりになった偈(うた)です。

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「正信偈」は、意味の上では、大きく3つの段落に分かれております。最初が、帰敬序(ききょうじょ)と言って、阿弥陀仏という仏様のお徳を讃える部分。次に、依経段(えきょうだん)といって、『仏説無量寿経』というお経に依って説かれた部分。最後に、依釈段(えしゃくだん)といって、七高僧(しちこうそう)という七人の高僧の書物(論釈)に依って説かれた部分。このように、「正信偈」は、意味の上からは大きく3つの段落に分かれております。

そして今回は、依経段のはじめの部分、「法蔵菩薩因位時」(ほうぞうぼさついんにじ)からの内容を味わってまいります。

◆本日の偈文(げもん)

ではまず、本文と書き下し文、そして意訳を見てみましょう。

【本文】
法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所
(ほうぞうぼさついんにじ ざいせじざいおうぶっしょ)
覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪
(とけんしょぶつじょうどいん こくどにんでんしぜんまく)

次に書き下し文です。

【書き下し文】
法蔵菩薩の因位(いんに)の時、世自在王仏の所(みもと)にましまして、諸仏の浄土の因、国土人天(にんでん)の善悪を覩見(とけん)して、

次に意訳です。

【意訳】
はるか昔、ある国王が、世自在王仏という仏の説法を聞いて感激し、自らもさとりを求める心をおこし、王の位を捨て出家し、法蔵という名の菩薩となられました。
後の阿弥陀仏である法蔵菩薩は、世自在王仏のもとでの修行中、様々な仏の浄土が建てられた理由を学び、浄土や、浄土におられる人間や神々の善し悪しをご覧になりました。

◆『仏説無量寿経』から「正信偈」を味わう

今回の「法蔵菩薩因位時」の部分からが、依経段(えきょうだん)になります。先程も申しましたが、依経段とは、浄土真宗の根本のお経と言われる『仏説無量寿経』というお経に依って説かれた部分です。

ですから、この「正信偈」の依経段の部分の内容は、もともとは『仏説無量寿経』というお経に説かれている内容なんですね。つまり、『仏説無量寿経』というお経を見ると、「正信偈」の内容がより詳しく味わうことができるんですね。

流行りの歌も、その時代の空気感や価値観が共感できるからこそ、心に響いてくるものがあります。同じように、「正信偈」の背後に流れる『仏説無量寿経』の物語や世界観が分かってくると、より「正信偈」について味わいが深くなってきます。

ですので、「正信偈」の今回の部分も、『仏説無量寿経』の内容から味わってみたいと思います。

◆法蔵菩薩とは阿弥陀仏

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「正信偈」の「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」という部分ですが、直訳するとこのような意味になります。「阿弥陀仏という仏様が、法蔵という菩薩の位の時、師である世自在王仏のもとにおられ」という意味です。

親鸞聖人は、『仏説無量寿経』をもとに、この「正信偈」の部分をつくられたわけです。そのもとになる『仏説無量寿経』を見てみると、このような内容が書いてあります。

「その時、一人の国王がいた。世自在王仏の説法を聞いて深く喜び、そこでこの上ないさとりを求める心を起こし、国も王位も捨て、出家して修行者となり、法蔵と名乗った」
『浄土三部経 現代語版』

この『仏説無量寿経』のご文によると、一人の国王がいたと出てきます。その一人の国王が、世自在王仏という仏様の説法を聞いて深く喜び、さとりを求める心を起こします。そして、国王でありながら、国も王の位も捨て、出家して修行者となられた。その方が、法蔵という名前を名乗ったということが、『仏説無量寿経』に書いてあります。

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ここに出てくる一人の国王が、出家して法蔵と名乗るわけですが、その方が後の阿弥陀仏という仏様です。阿弥陀仏とは、浄土真宗にてご本尊として敬っている仏様です。

浄土真宗の方は、南無阿弥陀仏とお念仏を称えて、手を合わせます。南無阿弥陀仏とは、阿弥陀仏に帰依するとか、依りどころにする、信じおまかせするといった意味になります。南無阿弥陀仏とある阿弥陀仏が、浄土真宗のご本尊の仏様です。その阿弥陀仏が、仏様になる前のお名前が、法蔵と言います。

「正信偈」に「法蔵菩薩因位時」とあるのは、阿弥陀仏という仏様が、法蔵という菩薩の位の時という意味です。そして、「在世自在王仏所」とは、その阿弥陀仏が法蔵菩薩の時に、世自在王仏という仏様のもとにおられたという意味です。

「正信偈」の「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」という部分の直訳を改めて味わってみますと、「阿弥陀仏という仏様が、法蔵という菩薩の位の時、師である世自在王仏のもとにおられ」という意味になります。

この内容が、先程の『仏説無量寿経』の経文をもとに、つくられていることがお分かりいただけるかと思います。

◆法蔵菩薩の請い

 

次に、「正信偈」の「覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪」という部分ですが、直訳するとこのような意味になります。「様々な仏様の浄土という国が建てられた理由や、その浄土の様子や浄土におられる人間や神々の善し悪しをご覧になりました」という意味になります。

覩見とは見るということで、何を見るかというと、諸仏という様々な仏がたの浄土の因、つまり、仏様の国が建てられた理由です。そして、国土と、人とある人間、天とある神々の善悪について覩見した、ご覧になった。直訳すると、この部分は、このような意味になります。

このもとになる『仏説無量寿経』を見てみると、世自在王仏と法蔵菩薩の間で、このようなやりとりが書かれています。

法蔵菩薩は、「私はこの上ないさとりを求める心をおこしたので、どうか私のために広く教えをお説きください」と、世自在王仏に請われます。そして、「世自在王仏の教えにしたがって修行し、素晴らしい国土をととのえ、人々の迷いや苦しみを取り除きたいのです」と、世自在王仏に訴えかけます。

しかし、世自在王仏は、「それはそなた自身で知るべきであろう」と、一旦申し出を退けます。ただし法蔵菩薩は、「いいえ。私にはそれは広く深く、知ることができません。ですから、私のためにどうか仏がたの国土の成り立ちなどをお説きください。その通りに修行して、願いを満たしたいのです」と、さらに世自在王仏に申し上げます。

そのようなやりとりがあって、世自在王仏は、法蔵菩薩の願いがとても尊く、深く広いものであることを知り、法蔵菩薩のために教えを説くことを決意されます。そして、世自在王仏は法蔵菩薩のために、さまざまな仏がたの国土の優劣や、その国土に住む人々の善悪を説き、法蔵菩薩にそれらをまのあたりにお見せになったと書かれています。

こういう経緯を経て、法蔵菩薩、後の阿弥陀仏は、すぐれた浄土という仏様の国をお建てになり、全てのものを救うという大いなる願いと救済法を確立していくことになります。

改めて、「正信偈」の「覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪」という部分の直訳を見てみます。「様々な仏様の浄土という国が建てられた理由や、その浄土の様子や浄土におられる人間や神々の善し悪しをご覧になりました」という内容が、「正信偈」に書かれています。

このように、今見たような『仏説無量寿経』の内容をもとにつくられたものが「正信偈」であることがお分かりいただけるかと思います。ですので、『仏説無量寿経』に説かれるお経の物語を理解すると、「正信偈」の内容や、またお寺でおこなわれるお説教も、より深く、より細やかに味わわれてくることではないでしょうか。

そこで、今回は「正信偈」の内容を味わうということをおこなってみて、それにあたり、「正信偈」の依経段のもとになる『仏説無量寿経』というお経の内容を見てみました。

◆法蔵菩薩の物語をどう理解するか

皆さんも、ここまでお聞きになられて、物語の内容としてはそれほど難しいものではないことがお分かりいただけるかと思います。しかし同時に、この物語をどう受け取っていくのかや、この物語から何を伝えたいのかを理解することが難しいと感じる方もおられるのではないでしょうか。

いったいこれは、現実の出来事なのだろうかとか、法蔵菩薩、阿弥陀仏、世自在王仏といった方々は、実際の人物なのだろうかとか。もしそうでないとしたら、この物語をどう受け取ったらいいのかとか。

この『仏説無量寿経』や「正信偈」に説かれる法蔵菩薩の物語を、どう理解するのかという疑問を感じることもあるでしょう。まさに、これまでの長い仏教の歴史の中で、そのような疑問を多くの方が抱いてきました。ですので、それについての見解もあります。そのあたりのことについては、次回以降お話できればと思います。

◆本日の偈文(げもん)

それでは最後に今一度、本文と書き下し文、そして意訳を見てみましょう。

【本文】
法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所
(ほうぞうぼさついんにじ ざいせじざいおうぶっしょ)
覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪
(とけんしょぶつじょうどいん こくどにんでんしぜんまく)

【書き下し文】
法蔵菩薩の因位(いんに)の時、世自在王仏の所(みもと)にましまして、諸仏の浄土の因、国土人天(にんでん)の善悪を覩見(とけん)して、

【意訳】
はるか昔、ある国王が、世自在王仏という仏の説法を聞いて感激し、自らもさとりを求める心をおこし、王の位を捨て出家し、法蔵という名の菩薩となられました。
後の阿弥陀仏である法蔵菩薩は、世自在王仏のもとでの修行中、様々な仏の浄土が建てられた理由を学び、浄土や、浄土におられる人間や神々の善し悪しをご覧になりました。

【正信偈の基礎を学ぶ】シリーズ、皆様。いかがだったでしょうか。今回で全てを理解する必要はありません。少しずつ、時間をかけながら、ご一緒に「正信偈」の内容を味わっていきたいと思います。

それを続けていくことで、きっとお経をとなえる時や、手を合わせる時の心持ちが変わってくるかと思いますので、宜しければ共に学んでまいりましょう。

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最後までご覧いただきありがとうございます。合掌
福岡県糟屋郡宇美町 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生
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