【正信偈を学ぶ】第52回_獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣_横超五趣の利益②

正信偈を学ぶ」シリーズでは、浄土真宗の宗祖である親鸞聖人が記された「正信念仏偈」について、皆様とその内容を味わっています。

日々を安らかに、人生を心豊かに感じられるような仏縁となれば幸いです。

前回より、「獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣」(ぎゃくしんけんきょうだいきょうき そくおうちょうぜつごあくしゅ)という二つの句の意味についてみています。

その中でも今回は特に、「即横超截五悪趣」にある「即」という言葉の意味を、皆様と一緒に味わっていきたいと思います。

お経本が手元にある方は、ぜひお経本に書き込んだりしながらご覧いただければと思います。

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◆「正信偈」の偈文

ではまず、今回見ていく「正信偈」の本文、書き下し文、意訳を見ていきましょう。宜しい方は、ご一緒ください。まずは、本文からです。

獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣
(ぎゃくしんけんきょうだいきょうき そくおうちょうぜつごあくしゅ)

次に、書き下し文です。

信を獲て見て敬ひ大きに慶喜(きょうき)すれば、すなはち横(おう)に五悪趣(ごあくしゅ)を超截(ちょうぜつ)す。

次に、意訳です。

阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は、煩悩を抱えたままでも、阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超え、さとりへの道を歩ませていただくのです。

◆「即」の意味 ①すぐさま

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では、「即横超截五悪趣」(そくおうちょうぜつごあくしゅ)という言葉の「即」という言葉の意味についてみていきましょう。

この部分の文章を書き下すと、「すなはち横(おう)に五悪趣(ごあくしゅ)を超截(ちょうぜつ)す」となります。

「即」という言葉ですが、書き下し文では「すなはち」となっています。

そして、この「即」という言葉には、ここでは二つの意味があります。

一つ目は、時間を表す言葉で、「すぐさま」という意味です。

二つ目は、「位に定まりつく」という意味があります。

親鸞聖人は、『尊号真像銘文』(そんごうしんぞうめいもん)という著書の中で、「正信偈」について解説されています。

そこで、「即」という言葉について、このように示されています。

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「「即横超」は、「即」はすなはちといふ、信をうる人はときをへず日をへだてずして正定聚(しょうじょうじゅ)の位に定まるを即といふなり」

「「即横超」の「即」とは、すなわちと言います。阿弥陀仏の救いを信じ喜ぶ信心をいただく人は、時間を置かず、日もへだてず、正定聚の位に定まることを即と言うのです」

(『尊号真像銘文』/親鸞聖人)

繰り返すと、「即横超截五悪趣」の「即」という言葉には、二つの意味があり、一つ目は時間を表す言葉で、「すぐさま」という意味があります。

この『尊号真像銘文』に、「時間を置かず、日もへだてず」と解説されているように、「即」には、時間的に「すぐさま」という意味があるのですね。

そして、二つ目は「位に定まりつく」という意味があります。

ここに「正定聚の位に定まる」とあるように、「即」という言葉には、「位に定まりつく」という意味もあるのですね。

「正定聚」とは何かは、後ほど説明します。

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ここからまず、「即」という言葉の一つ目の意味である「すぐさま」について、味わってみましょう。

この「即」は、その前に出てくる、「獲信見敬大慶喜」(ぎゃくしんけんきょうだいきょうき)という言葉を受けています。

「獲信見敬大慶喜」とは、「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は」という意味でした。

その後に、「即」という言葉がきますので、続けると「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は」「すぐさま」という意味になります。

では、すぐさまどうなるのかというと、それは、その後の「横超截五悪趣」という言葉につながります。

「横超截五悪趣」という言葉の詳しい意味については、また後日みていきますが、ここでは一旦、簡単に現代語訳をみておきます。

「横超截五悪趣」とは、「阿弥陀仏のはたらきによって迷いの道を断ち超え、さとりへの道を歩ませていただくのです」という意味になります。

これらの間に、「即」という言葉がありますので、通して現代語訳をみるとこうなります。

「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は、煩悩を抱えたままでも、阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超え、さとりへの道を歩ませていただくのです」

このように、「即横超截五悪趣」の「即」には、「すぐさま」という時間的な意味があり、「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は」「すぐさま」「阿弥陀仏のはたらきによって迷いの道を断ち超え、さとりへの道を歩ませていただく」ことを表しています

これは、すぐさま煩悩がなくなったり、仏のさとりをひらくということではありませんが、根源的な迷いの根が断ち切られることを表しています。

では、それはどのようなものなのでしょうか。

その内容が、「即」の後の「横超截五悪趣」に示されています。

ですが、今回は「即」という言葉を中心に意味をみていますので、それはまた後日、詳しくみていきたいと思います。

続いて、「即」の二つ目の意味についてみていきましょう。

◆「即」の意味 ②位に定まりつく

親鸞聖人は、「即」という言葉を、「位に定まりつく」という意味もあると示されています。

親鸞聖人の『一念多念文意』という著書には、「即」という言葉について、このように示されています。

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「「即」はすなはちといふ、ときをへず、日をもへだてぬなり。また「即」はつくといふ、その位に定まりつくといふことばなり」

「「即」とは、すなわちと言います。時間を置かず、日をもへだてないという言葉です。また「即」とは、つくと言います。その位に定まりつくという言葉です」

(『一念多念文意』/親鸞聖人)

『一念多念文意』は、先程紹介した『尊号真像銘文』とは別の書物になりますが、「即」という言葉について、同じような意味で解説をされています。

ここにあるように、「即」の一つ目の意味としては、「時間を置かず、日をもへだてない」とあるように、時間的に「すぐさま」という意味がありました。

そして、二つ目の意味として、「位に定まりつく」という意味もあります。

「位に定まりつく」とは、どのようなことでしょうか。

先に紹介をした『尊号真像銘文』の文章を、今一度みてみましょう。

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「「即横超」は、「即」はすなはちといふ、信をうる人はときをへず日をへだてずして正定聚(しょうじょうじゅ)の位に定まるを即といふなり」

「「即横超」の「即」とは、すなわちと言います。阿弥陀仏の救いを信じ喜ぶ信心をいただく人は、時間を置かず、日もへだてず、正定聚の位に定まることを即と言うのです」

(『尊号真像銘文』/親鸞聖人)

先程の『一念多念文意』にあったように、「即」という言葉には、「位に定まりつく」という意味があります。

そして、それはどういうことかと言うと、『尊号真像銘文』には、「正定聚の位に定まる」ことであると、示されています。

では、「正定聚」(しょうじょうじゅ)とは、どのような意味の言葉なのでしょうか。

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「正定聚」とは、「必ずさとりをひらいて、仏になることが正しく定まっているなかま」のことです。

まず、「正定聚」の「聚」の意味ですが、「聚」とは「なかま」のことです。

「なかま」とは、具体的に言うと、阿弥陀仏の救いの教えが説かれたお念仏の教えを聞いて、その教えを信じ喜ぶ、そういう人たちのことを言います。

それはまさに、「正信偈」にある「獲信見敬大慶喜」の人たちと言ってよいでしょう。

「獲信見敬大慶喜」とは、「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人」という意味でした。

繰り返しますが、「正定聚」の「聚」とは、「なかま」という意味の言葉です。

それは、どういう人たちのことをいうかというと、「正信偈」に「獲信見敬大慶喜」とあるように、「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人」たちと言ってよいかと思います。

アーティストのライブやコンサートに行くと、そのアーティストのことを好きな人たちが会場に集まりますよね。

会場に集まった人たちは、お互いのことは知らなくても、同じアーティストが好きだという共通事項、共通認識がありますので、会場内には何となく仲間意識が漂っています。

同じものが好きだというだけで、知り合いでもないのに、仲間意識が生まれ、優しい気持ちでお互いに接するような雰囲気があります。

「正定聚」の「聚」とは、そのような「なかま」のことで、具体的には「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人」たちのことです。

浄土真宗のお寺にお参りをし、お寺で法話を聞いて喜ぶ、そうした人たちのことを想像すると、より理解しやすいかと思います。

もちろん信心は、アーティストを好きという感情とは異なりますが、同じものに出遇い、喜びを分かち合うという点では、少し似たところがあるかもしれません。

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次に、「正定聚」の「正定」とは、「正しく定まっている」ことです。

「正しく」と書いて、ここでは「まさしく」と読みます。

何が、正しく定まっているかというと、ここにあるように、「必ずさとりをひらいて、仏になること」が定まっているということです。

ちなみにさとりとは、迷い苦しみから離れた、究極の安らぎの状態とも言われます。

また、真理に目覚めることを、さとりとも言います。

そして、真理に目覚め、究極の安らぎの状態にある方のことを、仏とも呼びます。

「正定聚」の「正定」とは、お念仏の教えを聞き喜ぶ心をいただいた時に、さとりをひらくことや、仏になることが正しく定まるということです。

別の言葉で言えば、さとりをひらくことが確定する、仏になることが確定するとも言えます。

信心をいただくところには、「仏のさとりをひらき、仏になることが定まる」。

そうした「正定聚の位に定まりつく」ことを、「即」という言葉で表現されています。

仏教において、仏のさとりをひらき、仏になることは、究極的な到達点ともされていますが、お念仏の道、浄土真宗においてそれは、お念仏の教えを聞き喜ぶ信心によって成立することが言えます。

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それがなぜ成立するかというと、「正信偈」に「即横超截五悪趣」とあるように、「阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超える」からです。

阿弥陀仏の救いの教えが説かれたお念仏の教えを信じ喜ぶ信心をいただくと、阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超える。

そして、必ずさとりをひらいて、仏になることが定まる。

そうした信心の利益が、「即」「正定聚の位に定まりつく」という言葉で表現されています。

また、「正信偈」の「獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣」という言葉でも表現されています。

では、「正信偈」の「即横超截五悪趣」「阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超える」とは、具体的にどういうことを言うのでしょうか。

それは、次回みていきたいと思います。

◆まとめ

いかがだったでしょうか。

今回は、「即横超截五悪趣」の「即」という言葉について、その意味をみていきました。

「即」という言葉には、二つの意味があり、一つ目は、時間を表す「すぐさま」という意味でした。

「阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は」「すぐさま」「阿弥陀仏のはたらきによって迷いの道を断ち超え、さとりへの道を歩ませていただく」ことを、「即」という言葉で表していました。

「即」の二つ目の意味は、「位に定まりつく」という意味がありました。

これは具体的には、「正定聚の位に定まる」ことであると、示されていました。

では「正定聚」とは何かと言うと、「必ずさとりをひらいて、仏になることが正しく定まっているなかま」のことでした。

お念仏の教えを聞き喜ぶ心をいただいた時に、仏のさとりをひらき、仏になることが定まる。

そうした「正定聚の位に定まりつく」ことを、「即」という言葉で表現されていました。

お念仏の教えを信じ喜ぶ信心をいただくと、阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超え、必ずさとりをひらいて、仏になることが定まる。

そうした信心の利益が、「正信偈」のこの部分には示されています。

最後に今一度、「正信偈」の本文、書き下し文、意訳を見てみましょう。宜しい方は、ご一緒ください。まずは、本文からです。

獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣
(ぎゃくしんけんきょうだいきょうき そくおうちょうぜつごあくしゅ)

次に、書き下し文です。

信を獲て見て敬ひ大きに慶喜(きょうき)すれば、すなはち横(おう)に五悪趣(ごあくしゅ)を超截(ちょうぜつ)す。

最後に、意訳です。

阿弥陀仏の救いを信じ、その教えを聞いて大いに喜ぶ人は、煩悩を抱えたままでも、阿弥陀仏のはたらきによってすぐさま迷いの道を断ち超え、さとりへの道を歩ませていただくのです。

「正信偈を学ぶ」の次回は、続きの「横超截五悪趣」の部分をみていこうと思います。


合掌
福岡県糟屋郡 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生

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