先日、NHKの「こころの時代」という番組で、宮沢賢治の特集がされていました。その中で、『どんぐりと山猫』という童話が紹介されていました。

『どんぐりと山猫』の内容と、それを解説されていた東京立正短期大学名誉教授の北川前肇(きたがわぜんちょう)先生のお話が、とても味わい深く、お念仏の教えに通じるものを感じましたので、今日はご紹介したいと思います。

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さて、皆さんは『どんぐりと山猫』を読まれたことはあるでしょうか。私はこの番組で知ってから初めて読みました。『注文の多い料理店』に収録されている童話です。

小学生くらいの男の子「かねた一郎」のもとに、山猫から手紙が届きます。「面倒な裁判をしていますから、明日お越しください」という内容の手紙でした。

翌日、一郎少年は山の奥に入り、山猫に会って事情を聞きます。一昨日から面倒な争いがおこって、裁判に困っているので、一郎の意見を伺いたいとのことでした。どうやら、毎年この裁判で苦しんでいるようです。

そうしているうちに、足元でパチパチと音がなったので一郎が目をやると、金色にぴかぴか光るどんぐりが赤いズボンをはいて、わあわあと言いながらやってきていました。その数は、300以上はいるようです。

どんぐりが来たところで、山猫はどんぐりたちにこう言いました。「裁判も今日で三日目だぞ、いい加減になかなおりをしたらどうだ」。

すると、どんぐりたちは口々に叫びます。「いえいえ、だめです、なんといったって頭のとがっているのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがっています」。

「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです」。

「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ」。

どんぐりたちが、そんなことを言い合っています。

山猫は、「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ」とどんぐりたちを制します。そして続けて、「裁判も今日で三日目だぞ、いい加減になかなおりをしたらどうだ」と言いました。

しかし、どんぐりたちはまた、「いえいえ、だめです。なんといったって、頭のとがっているのがいちばんえらいのです」「いいえ、ちがいます。まるいのがえらいのです」「そうでないよ、大きなことだよ」と言い合って譲りません。

そんなことを、何度も繰り返し、三日も続いている様子でした。こうした状況に、山猫は困って一郎に手紙を出したのでした。「このとおりです。どうしたらいいでしょう」と山猫は一郎に相談します。すると一郎は笑って答えます。

「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです」。

一郎がそう言うと、山猫はなるほどと頷いて、どんぐりたちに申しわたしました。

「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ」。

山猫がそう申しわたすと、どんぐりたちはしいんと静まりかえり、固まってしまいました。

『どんぐりと山猫』とは、このような内容の童話なのですが、皆さんはどのようなことを感じられるでしょうか。

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どんぐりが競い合う様子から宮沢賢治が表現しようとしたことについて、北川前肇先生はこのようにお話されていました。

その内容を簡単にまとめると、まずは容姿や地位や肩書など、目に見えるものに捉われ、優劣を競い合う人間の世界を、どんぐりを通して描き出しているということです。

中々比較から離れられない。もしくは、似た者同士だからこそ競い合う。そうした私たち人間のありようを表現されているように私も感じます。

次に、なかなか協調性を持てず、他者の存在を認められない、そうした我々の中に持つ他者の排除性が描かれているということです。同じ種族でありながら、同じ大地に生きながらも、手を携えたり、握手ができない。こうした協調性のなさや排除性が描かれているということですね。

そして次に、自己を最も大切なものとする執着心や、俺は優れているんだと思う慢心も描き出されている。そのようなことをお話されていました。

もし、可愛らしいどんぐりが言い争っているところを私たちが見たら、どう思うでしょうか。「偉いとか偉くないとか関係なく、もっと仲良くしたらいいのに」と思うかもしれません。小さな子どもたちが、このどんぐりのように言い争っていたらどうでしょう。やはり「争わなくていいから、仲良くしてほしいな」と思うでしょうね。そう思いながら、私たち大人も同じことをしています。

そんな違いに捉われ、言い争っている私たち人間の姿を、今度は人間を超えた仏様の視点から見ると、やはり「争わずに、手を取り合ってほしい」と悲しんで憐れんでいるかもしれませんね。

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他者と競い、良い評価を得ようと思う。人間社会を生きる私たちは、そうした比較や評価から抜け出すことは難しいものです。しかしそれでも、そこに没入しっぱなしではなく、少し俯瞰して眺めてみる機会を持つことが、とても大事だと思います。そうすることで、比較や評価に捉われて生きることの苦しさや愚かさといった負の側面に気付かされ、違う価値基準で自分や他者を見つめ直すことができるからです。

私たち人間は、見た目や地位や肩書などの表面的なものに捉われて、相手や自分のことを見ることがあります。相手のことを、ほんの一部の情報から「きっとこういう人に違いない」と、自分なりに想像を膨らませて見てしまうことがあります。しかし、それは果たしてその人自身を見ているのでしょうか。

比較や評価は関係なく、その人自身を素直に見ていこうとすることで、自分のイメージとは全く違う相手の姿が見えてくるかもしれません。そしてそれが、協調や共感につながることもあるでしょう。

また自分に対しても、人と比較する中で「自分のほうが偉いんだ」と傲慢になったり、逆に「自分なんて」と自分を卑下する時もあります。比較や評価をしなければ、もっと素の自分でいられたり、自分のことを認めてあげることができるかもしれません。もっと素直に、自分は自分で良いんだと受け容れられるかもしれません。

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そもそも私たちは、比較や評価などとは関係なく、そのままで尊いいのちを生きています。仏教に触れる中で、そうした価値基準があることに気付かされます。そして同時に、そんな尊いいのちを生きながらも、比較や評価を繰り返し、自分も他者も傷付けて生きています。そんな自分の愚かな姿も見えてきます。

しかし、「自分は愚かであった」という気付きは、決して自分を否定することではなく、謙虚さや心の視野が開かれることです。

法然聖人は、「愚者になりて往生す」(愚か者になって仏の国へと往き生まれる)と言われました。(『親鸞聖人消息』第十六通)

親鸞聖人は、自らのことを「愚禿」(愚かな髪をそったもの)と表現されました。(『教行信証』)

また、ブッダは「みずから愚かであることを知るならば、 すなわち賢者である」と言われました。(『ダンマパダ』63)

自分は偉いという人は、偉くはないんでしょうね。自分は賢いという人は、賢くはないんでしょうね。自分は偉くないことを知り、自分は愚かであることを知っている。それは、ネガティブなことではなく、大きなものに出遇っているからこそ見えてくる自分の姿なのでしょうね。自分も他者も尊いものであるという価値基準を知らされる中で恵まれる安心と心の開かれなのでしょうね。

「このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです」。

一郎少年の言葉が、真理をついた言葉として響いてきます。

いかがだったでしょうか。

宮沢賢治は、互いに競い合い、比較や評価などに捉われてしまう私たちの生き方をどんぐりを通して描きつつ、そうではない仏教的な価値基準を一郎少年の言葉で示しているのではないか。そのようなことを考えさせられました。皆さんは、今回の内容からどのようなことを感じられたでしょうか。

宮沢賢治は『法華経』を大切にした人で、また北川前肇先生も日蓮宗の方です。ですが、北川先生も番組で指摘されていましたが、『どんぐりと山猫』は、親鸞聖人の思想や、お念仏の教えに通じる世界観を帯びた作品だと感じます。そうしたこともあり、紹介をさせていただきました。


合掌
福岡県糟屋郡 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生

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