【仏教に学ぶ】シリーズでは、身近な疑問や悩み事を、仏教に学んでみたいと思います。
今回は、「無理なく努力をする方法」について、考えてみます。
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努力について、このように思う方も多いのではないでしょうか。
・なんで自分は努力ができないのだろうか。
・努力ができるようになりたい。
・努力ができたら自分も少しは変われるんじゃないか。
・でも自分にできるだろうか。
何をやっても続かない。そもそも何をやったらいいか分からない。このままでいいのだろうかと焦って不安になる。自分に自信が持てない。そういう方もおられるのではないかと思います。私もそうでした。
そこで今回は、「無理なく努力をする方法」を、仏教に学んでみたいと思います。
仏教には、無理なく、自然と努力ができるようになるヒントが散りばめられていました。
結論から言うと、「無理なく努力をする方法」とは、
・目標を持つ
・個性や特性に合ったことをする
・人と比較しない
の三つです。
努力については、他にも色々な考え方があるかと思いますが、今回は特にこれらの点を挙げました。
このお話が、少しでも日々を心豊かに生きるご縁となれば幸いです。それでは見ていきましょう。
「無理なく努力をする方法」の一つ目は、「目標を持つこと」です。
そもそも目標がないと、中々頑張れませんね。
車を運転している時に、目的地が決まっているからこそ、頑張って運転をしようと思います。
しかし、目的地がないまま運転していたら疲れるだけで、頑張ろうと思えませんね。
1時間くらいならドライブもいいですが、何時間も目的地もなく運転していたら嫌になるでしょう。
私たちは、目標がないと中々努力ができないのではないでしょうか。
私も10代の頃など、目標が持てなかったので、学校の勉強にも身が入りませんでしたし、何をやっても続きませんでした。ですから、目標を持つ大切さがよくわかります。
仏教の開祖であるお釈迦様も、少年時代、青年時代は悩み、ふさぎこんでいたと言います。
お釈迦様は釈迦族の王子として生まれ、お金や地位など、恵まれた環境にあったと伝わっています。
しかし、そんな恵まれた環境にあっても、生きる目標が見つからなければ、たとえお釈迦様であっても、悩みふさぎこんでしまうのですね。
お釈迦様は29歳の時に、自らが生きていく道を見つけてご出家をされました。そして、80歳の生涯をとじられるまで、日々精進を重ねた方だったと伝わっています。
そうして日々精進された結果、2500年たった今でも、多くの方がお釈迦様を尊敬しています。
生きる目標というような大きなものでなくても、些細なものでもいいので、目標を持つことで、私たちは頑張ろうと思えたり、無理なく努力ができるようになるのではないでしょうか。
それには、少しでも自分の心が動くことや、関心があることをやってみるといいでしょう。音楽やスポーツ、読書など。何でもいいと思います。
ピアノであの曲を弾けるようになりたいな。少しでも本を読んで勉強したいな。お花を育ててみたいな。
些細なものでいいので、目標を持つことが、「無理なく努力をする方法」の一つになります。
「無理なく努力をする方法」の二つ目は、「個性や特性に合ったことをすること」です。
自分に合っていないことをやり続けるのはつらいですね。
私は若い頃、お坊さんになる前に、アルバイトで工場で働いたことがあります。商品を目で見て問題がないか検品する作業だったのですが、自分の性質に全く合っていなかったんですね。
寝たくないのに何度も居眠りしてしまい、商品を見失って、全員の作業をストップさせたことがありました。その時、個性や特性に合っていないことは、やっていてもつらいなと実感しました。結局、工場のアルバイトは続かずに辞めてしまいました。
浄土真宗の宗祖である親鸞聖人は、比叡山にて様々な仏道修行を行ったそうですが、中々自分に合ったものに出会えなかったと言います。
仏教にも様々な宗派や系統があって、それぞれに特徴や修行内容が違います。
親鸞聖人の場合は、仏道を歩み、迷いを抜け出すという目標は定まっていたようですが、自分に合った仏道や修行方法などに中々出会えなかったようです。
そこで、比叡山を降り、法然聖人のもとで、お念仏の教えに出遇います。そして、これこそが自分が救われていく道だということで、そこからお念仏の道を歩まれました。
そして、生涯にわたり数多くの書物を遺し、今では日本を代表する宗教家、思想家と言われています。
私たちも、自分の個性や特性に合ったことをすることが大事なのでしょうね。
個性や特性に合ったことをすれば、無理なく努力ができます。努力を努力とも思いません。
人と話すのが苦でなければ、接客業や営業職などが向いているのではないでしょうか。
身体を動かすのが得意であれば、身体を使うような仕事が向いているでしょう。
黙々と作業が出来る人は、職人や工場での作業などが向いているのではないでしょうか。
頭を使うことが苦でない人は、企画したり、論文を書いたり、経営をしたりなど、考えることが向いているでしょう。
個性や特性に合ったことをするには、それを理解することが重要になります。
自分はどういう人なのか。どういう個性や特性があるのか。そうしたことを身の回りの人に聞いてみてもいいでしょうね。
案外、周りの人の方が、自分のことを客観的に見ていて、理解していることがあります。
「無理なく努力をする方法」の三つ目は、「人と比較しないこと」です。
「隣の芝生は青い」という言葉のように、私たちは自分よりも他人を良く見てしまうという性質を持っています。
しかし、あの人のようになりたいといくら努力しても、その人にはなれません。ですから、努力する上では、人と比較しないことが大事です。
詩人の金子みすゞさんは、熱心な浄土真宗門徒の家庭に育ったと言います。その金子みすゞさんの有名なうたに、『私と小鳥と鈴と』があります。ご存知の方も多いでしょうね。
この詩からは、浄土真宗や仏教の精神が現れているように感じられます。
私たちは自分よりも他人を良く見てしまうという性質を持っています。他人の良いところに目がいって、自分の良さに気付かないものです。
私は小鳥のように空は飛べませんが、地面を走ることができます。
私は鈴のように綺麗な音を身体から鳴らすことはできませんが、たくさんのうたを歌うことができます。
私たちはいくら頑張っても、他人にはなれません。しかし、誰もがそれぞれに、素晴らしいものをもともとから持っているのですね。
私たちは人生で、誰かになろうとするのではなく、いただいた自分を、精一杯生きていくことが大事なのではないでしょうか。
それができれば、私たちはきっと幸せです。そして、精一杯生きていくことが、自然と努力になっているはずです。
自分が気付いていないだけで、人それぞれに、素晴らしいところがあります。人と比べる必要はありません。
また、学校のテストのような、一律に評価される指標だけで、人間の尊さは決まりません。
自分の興味関心や個性や特性を活かしながら、小さくてもいいので目標を持って、人と比較せずに生きる。
そうすると、いただいた自分を、日々精一杯生きていくことができるのではないでしょうか。
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いかがだったでしょうか。
今回は、【仏教に学ぶ】「無理なく努力をする方法」というテーマで、お話致しました。
・目標を持つ
・個性や特性に合ったことをする
・人と比較しない
そうしたことをお話させていただきました。
それ以外にも、努力については色々な考え方があるかと思います。自分はこういうことが向いていたといったご意見もあれば、是非教えていただければと思います。
今回の話が、少しでも日々を心豊かに生きるご縁となれば幸いです。
合掌
福岡県糟屋郡 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生
南無阿弥陀仏