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目次

  1. はじめに
  2. 仏教の始まり
  3. 仏教とは何か
  4. 仏教を学ぶ意味
  5. 仏教を学ぶタイミング

はじめに

仏教について、興味がある、知りたいというお声をいただきましたので、「仏教入門講座」と題して、仏教について連載していきたいと思います。

「仏教に何となく興味がある」、「仏教について知りたい」、「でもよく分からない」、「どうやって調べればいいか分からない」といった方にオススメです。


仏教とは何かを、なるべくご理解いただけるよう、分かりやすい言葉やたとえを用いて解説していきます。

また、仏教の考え方や価値観などを、仕事や家庭などの日常生活にご活用していただけたり、教養や知識になるような内容にまとめていきたいと思います。

読んでいただける方にとって、日々をより良く生きるための習慣の一助となれば幸いです。


先に、簡単に自己紹介をさせていただきます。

私、神崎修生は、浄土真宗本願寺派(ご本山は、西本願寺、築地本願寺)の僧侶です。龍谷大学の大学院など、宗派の専門機関にて仏教を学び、現在は福岡県にある信行寺というお寺の副住職をつとめています。

お寺では、仏教の講座を定期開催しております。この「仏教入門講座」では、浄土真宗の内容というよりは、仏教を俯瞰して解説していきます。

 

仏教の始まり

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皆さん。仏教とはどのように始まったかご存じでしょうか。

仏教とは、今から約2500年ほど前、現在のインドやネパールを中心に活動された実在の人物、ガウタマ・シッダールタという方を開祖として始まったものです。

ガウタマは、釈迦族という一族の王子として生まれ、生涯をかけて、悩む苦しむ方々を救い導いたと言われています。釈迦族の尊い人という意味合いで、「釈尊」「お釈迦様」と呼ばれています。

また、お釈迦様は、別名ブッダ(仏陀)とも呼ばれています。ブッダとは、「真理に目覚めたもの」という意味合いです。真理とは、どんな時代や場所でも変わらない、普遍的な真実や道理のことを言います。

 

仏教とは何か

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仏教とは何か、簡単にいうと大きく3つの意味があります。それは、「仏の教え」「仏の説かれた教え」「仏になる教え」というものです。言い換えると、仏とは何か、仏は何を説かれたかという教えであり、仏になるための教えということです。

仏とは、ブッダ(仏陀)と同じ意味で、「真理に目覚めたもの」という意味です。


少したとえを用いて解説します。

我々人間は、自分中心の執着を抱えて生きており、あらゆる物事を自分中心に見て考えてしまう習性があります。

例えば、人物評でも、ある人にとっては良い人でも、他の人にとっては悪い人という意見があるように、見方は人それぞれで、各々が自分中心に見ています。

また例えば、1杯のコップに半分水が注がれていたとして、ある人は半分も水があるといい、ある人は半分しか水がないと言うように、感じ方も人それぞれで、各々が自分中心に見ています。

このように、我々はあらゆる物事を、あれは良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか、自分中心に見て考え、判断していると仏教では考えます。

良い人とは、本当は、自分にとって良い人ということです。我々は、あらゆる物事を見る時に、「自分にとって」という前提を置いて見ているのですが、それが当たり前の習性となりすぎていて、自分中心に見たり考えたりしていることに気付かないことがあります。


ですから、こうした自分中心の執着を自分は抱えていると認識し、手ばなしていくことによって、物事をありのままに見通していくことが大切であるとと、仏教では考えます。

そして、こうした物事をありのままに見通すことのできるお方が仏であり、こうした見方が仏の見方、智慧であると言われます。

また仏とは、物事をありのままに見通す智慧だけでなく、苦しむものを救い導こうとする慈悲をもそなえていると言われます。

まとめると、仏教とは、仏とは何か、仏とはどういうお方か、仏とはどういう見方をされるお方か、そのことを、仏であるブッダ(仏陀)を通して学び、仏陀の説かれた言葉(教え)から学び、自らが仏の生き方を目指していくという意味合いがあります。

そのため、仏を目指す道のことを、仏道ともいい、求道ともいいます。

 

仏教を学ぶ意味

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仏教には、2500年ほどの歴史があり、言い換えれば、2500年もの間、時代が変わろうとも、淘汰されずに伝わってきた「人類の智慧」という側面があります。

それは、時代や場所が変わっても、ずっと人々に大切にされてきた、よりどころとなってきたということでもあります。


人はなぜこの世に生をいただき、生かされているのでしょうか。この大きなテーマについて、考え続けていくのが仏道を歩むことだとも言えます。

この大きなテーマについて、自分の日常の生活とは一見関係のないことのように感じられるかもしれませんが、別の言葉で表現すると、この人生をどこに向かって歩んでいるのかということでもあり、この日々は何のためにあるのかということでもあります。

仏教とは、到達点から逆算して今を生きていく教えであるとも言えます。

これらが、自分の日常にとって何の意味があるのか、今を楽しく生きられればそれでいいじゃないか、という方もおられるかもしれません。それも、人生の一つのあり方です。

ただ、自分の思い通りにならないことが人生にはつきものです。老い、病になり、亡くなっていく、生きている間も人間関係などの様々な悩みもあります。遅かれ早かれ、人は思い通りにならないことや、絶望を感じるような事実に直面します。そしてその時に、人生とは何かという大きな問いに直面します。


仏教には、普遍的な人間の本質や、世の中の道理などが、そこに記されており、学ぶことによって、人生の味わいが深まり、より幸せに生き、今をより良く生きていくことにつながっていきます。

もう少し具体的いうならば、仏教を学ぶことで、日々の小さなことにも喜びを感じたり、感動したり、今に充足や、感謝、おかげさまを感じたり、心地の良い人のつながりがうまれたりします。

それはきっと、仕事や家庭などにも、良い影響を及ぼすことでしょう。

人生において、学んでおいて損はないことですし、数ある先人の知恵の一つとして、触れていただけると嬉しく思います。

仏教を学ぶタイミング

学ぶタイミングは人それぞれですが、その時のご自身の状況や心境によっても感じ方は変わってきます。私は、ご年配の方とよくお話をさせていただく機会がありますが、もっと早く、仏教の考え方に触れておけば良かった、早く学びたかったと言われる方もおられます。

できることなら、早くから触れ、知っておくにこしたことはないかもしれません。ただ、色々な人生経験を積んでから触れることで、仏教がただの知識ではなく、本当に頷けてくる、腹おちするということがあるように思います。

それまでの人生経験は、決して無駄ではないのだと思います。ですから今、仏教に触れたのが、それぞれにとっていいタイミングだったのではないでしょうか。

仏や真理、人生など、とても難しい内容のように思われるかもしれません。私も学び始めた頃は、分からないことだらけでした。今もまだまだ、色々な方に、人生とは何かを教えていただきながら、仏教を学ばせていただいています。

これからご一緒に、仏教を学ばせていただけますと嬉しく思います。

また、できるだけ分かりやすく解説できればと考えておりますので、是非ご感想もいただけるとありがたいです。

最後まで、お読みいただき、ありがとうございます。

合掌


浄土真宗本願寺派 教證山信行寺

神崎修生

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