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◆仏様の教えを聞く意味

浄土真宗では、仏様の教えを聞くことを聴聞(ちょうもん)と言い、とても大切にしています。
では、仏様の教えを聞くことには、どのような意味があるのでしょうか。
浄土真宗の僧侶である梯實圓先生(1927年~2014年)は、法話の中でこのようにおっしゃっていました。
「仏様の教えを聞くことは、仏様の智慧を頂戴することです。そして育ち続ける人生を生きることです」
梯先生は、仏様の教えを聞くことは、仏様の智慧を頂戴することだというのですね。
そして、仏様の教えを聞くことは、育ち続ける人生を生きることであるとも言われています。
仏様の智慧を頂戴し、育ち続ける人生を生きるとは、どういうことでしょうか。
梯先生は、さらにこのようにおっしゃっています。
「仏様の教えにしたがってものを考えてみると、だんだんそのくせが身についてくるようになります。そうすると、仏様の考え方、おっしゃることに共感できるようになる。こんな世界を仏様が見てらっしゃるんだなということが、少しずつ味わえるようになってきます。それがお育てなんです」
仏様の教えを聞くことを通して、「仏様はこのように見ていらっしゃるのか」というように、仏様の見方や考え方を知らされていくというのですね。
そして、それが仏様の教えによって育てられていくことでもあると言います。
◆おかげさまを知らされる
仏様の教えを聞いていく中で、「おかげさまを知らされる」ということがあります。
あるご年配の女性で、お連れ合いを先に亡くされた方がおられました。
その方は、このように言われていました。
「夫を亡くしてから一人で生活をしていると、これまで夫が色々なことをしてくれていたんだと日々思います」
例えば、高いところのものに手が届かなかったり、重いものを持ち上げられなかったり、硬いフタが開けられなかったりと、一人での生活では困ることも多いでしょうね。
家族を亡くして、改めてその方の大切さや、色々としてくれていたことに気付かされるという方は多いのではないでしょうか。
その女性は、お連れ合いのご葬儀が終わると、一人での生活が始まりました。
しかし、ご近所の方や知り合いの方がよく声をかけてくれたそうです。
「大丈夫?」「何か困ってない?」とか、「元気にしててよ」と、よく声をかけてくれたそうです。
「気にかけてもらって、本当にありがたいです。おかげさまです」と、その女性はおっしゃっていました。

仏様の教えを聞いていく中で、「この私という存在は、多くのご縁によってあり、互いに関係し合いながら生きている」ことを教えられます。
それは、まさに「おかげさまを知らされる」ことでもあります。
先ほどの女性は、長い間、仏様の教えを聞いてこられた方でした。
お連れ合いを亡くされたことは、その方にとっては悲しみの出来事であったかと思います。
しかし、そうした悲しみの出来事が、夫や周りの方々に支えられていたことを改めて知らされるご縁ともなったのでしょう。
悲しみが転じて、「おかげさまを知らされる」ご縁となったのでしょうね。
「色々な方のおかげさまで今の自分がある」ということを、理屈ではなく、心から頷く瞬間となったのではないでしょうか。
大切な方を亡くすという経験は、人生が揺さぶられるような大きな出来事です。
しかし同時に、人生について深く考えさせられるご縁となることがあります。
そして、人生について考えさせられるのは、死別だけではありません。
病気や怪我をしたとき、人間関係に悩んだとき、思いどおりにいかないとき。
あるいは、誰かの優しさに触れたときや、宇宙や生命の不思議さに心動かされたなども、人生について考えるご縁となることがあります。
◆育ち続ける人生を送る
梯實圓先生は、法話の中でこのようにもおっしゃっていました。
「三年前には気付かなかったが、今になってみるとあの言葉は有難い言葉だったんだな。10年前に聞いた時には何とも思わなかったけれども、今聞いてみるとこの言葉は有難いな。そういう気持ちがおきた時、それだけ成長しているじゃないですか。死ぬまで育ち続けていく。そういう人生がある。それが仏法(仏様の教え)を聴聞しながら、仏法によってその年その年相応に育てられ続けていく人生でしょうね」
先ほどの女性は、それまでもご近所の方から「大丈夫?」「何か困ってない?」と声をかけられていたのかもしれません。
しかし、夫を亡くし、色々なことを自分でやっていかないといけない状況になって、これまでよりも気にかけてくれる言葉がありがたく感じられるようになったのかもしれませんね。
これまではそうは思わなかったけれども、改めて考えてみると、とてもありがたいことだったと思える。
そうした受けとめ方ができるようになった時、それだけ成長している。
そういう受けとめ方は、私は素敵だと思います。
歳を重ねたからこそ、色々な経験を重ねたからこそ、見えてくるもの、感じられるものがあると思いませんか。
歳を重ねることはネガティブなことばかりではない。
身体は衰えていくかもしれないけれども、心は成熟していく。
そうも考えられるのではないでしょうか。
日本は、超高齢化社会と言われていますが、目指していく方向性によっては、心の成熟した社会にもなれると私は思います。
また、若くても仏教に触れておくことで、物事の見方や考え方が変わると思います。
ですので、若い頃から仏教に親しんでおくことも良いことだと思います。

もちろん、仏様の教えを繰り返し聞いたとしても、完全に仏様の見方、考え方ができるかというとそうはなれないでしょうね。
気に食わないことがあれば腹を立て、いつも自分を中心において物事を見てしまう私たちです。
しかし、そんな自分中心の自分の姿を知らされる、顧みる機会をもつことが大事なことではないかと思います。
皆様はどう感じられるでしょうか。
合掌
福岡県糟屋郡 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生
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