先日、トランスジェンダーの杉山文野さんをご講師に招き、勉強会を開催するご縁にめぐまれました。杉山さんは、女性の体で生まれ、心が男性であることで、とても苦しい思いや生きづらさを経験されたことを知りました。

また、LGBTQの方々は、左利きやAB型と同程度かそれ以上におり、身近であること。しかし、無理解や偏見によって、自分らしく生きることができない人も多くいること。

だからこそ、それぞれが違うという前提にたって、違いをそのままに、互いにその人自身と向き合うことの重要性を感じました。それには、まずは知ること。LGBTQとは何か。トランスジェンダーとは何か。

そこで今回は、杉山文野さんの著書である『元女子高生、パパになる』から、ご自身が経験されたことや、そこから感じたことなどについて、ご紹介させていただきます。宜しければご覧ください。

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◆お互い応援できる社会に

まず、本の「はじめに」の部分に書かれた文章をご紹介します。

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「元女子高生です!」と自己紹介をする僕は、現在39歳。ハゲつつある頭皮を気にしながら、子育てに励むおじさんである。これでも昔は日本女子大学の付属校に、セーラー服とルーズソックス姿で通っていた。15年続けたフェンシングでは「女子」として日本代表選手も経験した元アスリートでもあるのだが、最近では40歳を目前にして、腹回りの肉もとれず、ますますおじさん化が進むばかり…。だが、戸籍上はいまだに「女性」である。

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現在は、飲食店の経営をしながら、LGBTQの啓発活動を行っている。参加者が20万人を超えるイベントとなった「東京レインボープライド」、そのパレードの先頭で大きなレインボーフラッグを掲げて歩き、メディアのインタビューに答え、年間120本近い講演を行う。

気づけば「活動家」と呼ばれるようになっていたのだが、僕自身は一度たりとも「活動家」になりたいと思ったことはない。「僕は僕です」と言ってあるがままに動き続けていたら、いつの間にか「活動家」になってしまった、そんな感じだった。

学校でカミングアウトをしては驚かれ、職場でカミングアウトすれば話題になった。ゴミ拾いのボランティア活動に参加しただけで「杉山さんは性同一性障害を乗り越えてゴミ拾いをしています!」という記事になる始末。
僕は誰よりも「普通」でありたかった。しかし、「トランスジェンダー」というフィルターが一枚かかるだけで、全てが普通ではなくなり、普通であろうとすればするほど、話題になってしまうのだ。

このような内容から、この本は始まります。

文野さんは、LGBTQの認知を広める活動や、生きづらさを抱える方が少しでも安心して過ごせるような場づくりに取り組まれてきたそうです。

・LGBTQの認知を広めることを目的とする「東京レインボープライド」というパレードやイベントの運営。
・生きづらさを抱える人たちの声を伝えるNHK教育テレビの番組「ハートをつなごう」での司会。
・誰もが安心して過ごせる場所として飲食店を経営。

こうした活動は、生きづらさを抱えたご自身にとっても必要な取り組みであったのかもしれませんし、また、同じように生きづらさを抱えている人にとっても必要な取り組みなのかもしれません。

◆理解と受容の違い

さて、文野さんがお話されているところをご覧になったことがある方は、文野さんはとても明るくて、元気で、物おじせず、はきはきとお話をされる方という印象をもつかもしれません。しかし、セクシュアリティのことで、葛藤や悩みも多く経験された方ということが著書から伺えます。

文野さんが、現在のお相手である女性とお付き合いするようになってから、1年が過ぎた頃、そのお相手の女性が、文野さんとお付き合いをしていることを、自分のご両親に報告したそうです。すると、特にお母様の大反対にあったそうです。そして、文野さんに両親のところに今すぐ来て欲しいと、呼び出しがあったそうです。

そこで、文野さんがかけつけると、お相手のお母様から、お付き合いすることに反対することを直接告げられたそうです。その時の様子を、著書からご紹介します。

仕事終わりに、ご両親が営むピザ屋へ直行することになった。営業終了後の店内に飛び込むと、さめざめと泣く彼女の姿があり、その隣には彼女のお母さんがものすごい形相で僕を待ち構えていた。

…「フミノさんのことは応援するけど、それと娘と付き合うことは全然話が違います。とにかくすぐに別れてください」

…「あなたがいい人だなんてのはわかってるのよ!でもそういう話じゃないの。あなたとうちの娘は住む世界が違うのよ。あなたはあなたで生きていけばいいじゃない。お願いだから、うちの娘を巻き込まないで!」

お母さんの言葉は、どこまでも鋭かった。心が苦しくなった。…僕自身、30年間もセクシュアルマイノリティの当事者として生きてきたわけで、自分が社会的にどんな立場に置かれているかについては、わかっているつもりだった。でも甘かった。

…誤解のないように書いておきたいのだが、彼女のご両親は本当に素敵な方で、とっても仲良しなファミリーだ。彼女はふたりが歳を重ねてから生まれたひとり娘でもある。その娘を大切に思うからこその、反対だった。

本には、このようなことが書いてありました。

パートナーとお付き合いをしていると報告をするだけでも反対に合ってしまう。性的少数者や、LGBTQの認知の活動を応援することと、身内がその方と深い関わりを持つこととは違う。理解することと、当事者となったときに受け容れることとは違う。目の前の事実となった時に、受け容れられないといったことが現実としてあることなどを、このエピソードから感じました。

また、お母様の思いもどうだったでしょうか。大切に大切に育ててきた一人娘が、将来どんな人と結婚するだろうか。良い人と巡り会ってくれて、できれば子どもを生んでくれたら。このお母様がそういうことを思われていたかはわかりませんが、親の立場として、こういうことを想像することは、それほど特別なことでもないでしょう。

心は男性であっても、身体的に女性である方と、娘が付き合うということは、将来はどうなるのだろうか。ロールモデルとなる人がいないだけに、全く想像ができないかもしれません。その方がいかに良い人だということが分かっていても、いざ娘がお付き合いするとなると、それとこれとは話が別ということになってしまう。文野さんも辛かったでしょうし、お相手のお母様の思いもまた理解はできます。

◆自分たちのせいなのか?

お相手のお母様には、中々認めていただけない状況の中、数年が過ぎていったと言います。そして、文野さんのパートナーとなるお相手の女性も、文野さんに対しては明るく振る舞っていたそうですが、実際は先が見えずに辛い思いを抱えていたということが本には書かれていました。

この数年間、ご両親と文野さんとの板挟みでものすごく辛かったこと。30歳を超え、5年も付き合っている彼がいるのに、何で結婚しないのか、と友達に聞かれても、いつも答えられないこと。周りの友達は結婚したり子どもを産んだりして家族を作っていくのに、自分はどれだけ経っても未来が見えなかったこと。

…どれだけ寂しく不安な思いをさせてしまったのだろうか。彼女が言わなかったのではない。いつしか、僕が言わせないようにしてしまっていたのだろう。「世界平和を考える前に、まずはすぐそばにいる人を幸せにできなければその先の幸せなんてない」。これまで散々、偉そうに人前でこんなことを話していた。なのに、一番身近で大切な彼女を置き去りにしていた。一体どの口が言ってたんだよ…。自分があまりにも情けなかった。

本には、このようなお相手の思いや、それに対する文野さんの思いが書かれていました。

周囲の友達が結婚や出産をしていく中で、自分の未来は見えないというお相手の女性の思い。文野さんも、そんなお相手の思いを聞いて、大切な人に不安な思いのまま過ごさせてしまっていたことや、そこまで追い込んでしまったのは、自分の責任だと思ったそうです。

しかし、考えれば考えるほど、本当に自分のせいなのかという思いもわいてきたそうです。当人同士は深く想い合っているのに、制度を理由に結婚できず、別れてしまうような状況になっている。それはおかしいのじゃないか。

そしてやはり、これまで文野さんをはじめ取り組んでこられたLGBTQの認知を広げる活動や、同性パートナーシップ条例のような、制度改革などの取り組みの重要さを改めて思われたことではないかと感じました。

◆子どもをもつという選択

そしてまた、ふたりの間に揺るぎない絆がほしい。何か方法はないものかと、文野さんたちは考えていったそうです。そうして、以前から考えていた、子どもをもつという選択を、現実的に考えてみようということになったそうです。

そこから、弁護士の方にも相談しながら、おきうる様々なケースを考えつつ、妊活をすすめ、お子様がご誕生なさいます。それが、この本のタイトルでもある『元女子高生、パパになる』というものです。

妊娠、出産の経緯については、本を是非お読みいただければと思いますが、最後に、文野さんがお子様が生まれてから感じたことを、本の文章からご紹介させていただきます。

子どもが生まれてからの日々は、新しい発見と学びだらけだ。まだ出会ったことのなかった自分の感情に触れる機会も多くなり、生活が圧倒的に豊かになった。

結婚して子どもを持たなければ幸せになれない、と言うつもりは毛頭ない。しかし、LGBTQという理由だけで、血の繋がりがないという理由だけで、こんなに素晴らしい人生の機会をはなから諦めてしまっている、いや、社会から諦めさせられているこの状況は絶対に変えたほうがいい。

子どもを持って一番変わったのは、未来の話をするようになったことだろう。…この子が20歳になったとき僕は58歳、そのとき社会にはどんな未来が待っているのだろう。今では毎日、そんなことばかりを考えている。初めて、未来を考えている自分がいたのだ。生まれて初めて、「長生きしたい」と思っている自分に気づき、驚いた。

…自分の未来のため、そしてこの子の未来のために、パパはまだまだ走り続けます。

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最後までご覧いただきありがとうございます。
合掌
福岡県糟屋郡宇美町 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生

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