こんにちは。僧侶の神崎修生です。

今回は、「悩みはなくならないが楽にはなる」というテーマでお話していきます。

宜しければ、最後までお付き合いください。

 

悩みはなくならないが楽にはなる

まず、悩みはなくなるかということに関してですが、なかなか完全にはなくすことは難しいですよね。

日常生活の中で、色々と思い通りにならないことも多いですから、悩んだり怒ったりすることもあるでしょう。

ただ、悩みは完全にはなくならないけれど、悩みの構造を全く理解していない時よりも、構造を理解し、自分や他人の感情を客観視することによって、随分と楽にはなると思います。

それでは、悩みの構造と対処方法について、もう少し考えてみたいと思います。

 

悩みの感情がおこる構造を理解する

まずは悩みはなくならないことについてですが、なぜ悩みはなくならないのでしょうか。

それは、我々は身体を持っていて、自分中心の欲求を手離すことが難しいということがあります。

例えば、喉が渇いたら、飲み物が欲しくなりますし、お腹が減ると、食べ物が欲しくなります。喉が渇いたのに飲み物が飲めない、お腹が減ったのにご飯が食べれないという状況が数時間でも続くと、イライラします。

当たり前と思われるかもしれませんが、この身体があるということは、欲求を手離すということにおいて、根本的な課題だと仏教では考えます。

また、人は、意識的にか無意識的には、自分の思い通りにしたいと期待し、望み、思い通りにならない時に怒ったり、悲しんだり、悩んだりします


まずは、こうした悩みの感情がおこる構造を理解することも大切です。

 

人は悩むもの

そして、悩むことは珍しいことではありません。多かれ少なかれ、皆悩んでいます。一見、悩みがなさそうな方も、実は深い悩みを抱えていたりします。

お経の一説に、このような言葉があります。

お金があればあることに悩み、なければないことに悩む

『仏説無量寿経』

お金がない人からすれば、お金がある人は、お金に関する悩みがなくていいよねとうらやましく思うこともあるでしょう。

しかし、実際には、お金があればあるで、失ったらどうしようとか、そのお金をめぐって親族が争ったりとか、悩みはあるわけです。言いたかったことは、人は悩むものだということです。

 

悩む自分を責めなくていい

人が悩むものだと言ったのは、人が悩むことは普通のことですよと言いたかったのではありません。

悩んでいる時は、自分が悪かったのかなあとか、自分を責めてしまったり、人と比較して、自分はだめだとか、自分のことをさらに傷付けてしまいがちです。ここで言いたかったことは、「自分だけ悩んでいて嫌だ」、「私はだめな人間だ」と、悩む自分をさらに責めてしまう必要はないということです。

悩みを抱えるということだけで、人は大変です。世の中がどんよりと暗く見えますし、自然とため息も出てきます。そこでさらに、自分を責めるとつらくなってしまいますから、それ以上、悩んでいる自分をどうか責めないでください。

 

そして、悩んでいる時は、人との比較の中で、自分はだめだと苦しんだり、同調圧力によって、したくもないことしたりして苦しんでいる場合もあると思います。

できるだけ、自分らしく生きられるといいですよね。ただ、自分らしくいるって、結構難しいことで、すでに自分らしくいられるなら、そうしていますよね。

その場合は、自分は自分でいいと思える環境に身をおくことも重要かと思います。環境を変えてみる、また環境を変えなくても、そのままの自分を認めてくれる人との関係を大切にして、そういう居場所をもつなどです。

悩む自分をそれ以上責めずに、自分が自分らしくいられる場に身を置くこと。そうする中で、悩みはありつつも、少しでも楽になっていくといいですね。

 

最後まで、お読みいただき、ありがとうございます。

合掌


浄土真宗本願寺派 教證山信行寺

神崎修生

 

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