この内容は、2021年3月23日におこなわれたお寺のオンライン朝会での法話のものです。

▼ぜひ動画でもご覧ください

改めて皆様、本日もようこそお参りくださいました。

「ヘルシーテンプル@オンライン」全国版ですね。本日も、168名ですかね、多くの方にご参加をいただいております。いつもありがとうございます。

毎日、全国超宗派のお坊さんが日替わり、数珠つなぎで、お届けさせていただいております「ヘルシーテンプル@オンライン」。

私が担当の時は、「幸せを育む法話の時間」ということで、法話を通して、皆様と共に、人生や幸せについて考えさせていただいております。

さて、ちょうど今、桜の時期ですね。福岡のほうでは、満開になっております。

こちらの写真は、昨日お寺の近所で撮ったものですが、とても綺麗でした。皆様のところの開花状況はいかがでしょうか。桜などを通して、季節の移り変わりを感じることは、とても贅沢なことだなあ、人生が非常に豊かになるなあと感じます。

たまたま昨日、動画で拝見したのですが、50代の男性の方が数年前に癌になられ、テレビのカメラマンの仕事を辞めざるをえなくなったそうです。

仕事が生きがいで、悔しくて悔しくてしょうがなかったそうです。そして、癌になられて以降、そこから見える景色が変わってきたのでしょうね。自然がとても美しく見えるようになられたようで、自然の景色をカメラにおさめ、SNSなどで投稿をされているということでした。

印象的だったのは、そのカメラを撮られる姿です。自然の美しさに、涙され、手を合わされながら、カメラを撮られておりました。今年の桜を撮るのが、自分は最後になるかもしれない。そうおっしゃっておられました。

桜は年に一回しか咲きませんから。ひょっとすると、今年見る桜が最後になるかもしれない。そのように思いながら、咲き誇る桜を眺めてみると、何ともはかなく、また美しく感じられることではないでしょうか。皆様のところの開花状況は、いかがでしょうか。お花見など行かれますか。また後程、お聞かせください。

さて本日は、桜に関するうたをご紹介させていただきます。

私も所属する浄土真宗という宗派の宗祖 親鸞聖人が、9歳の時にうたわれたと伝わるうたです。

「明日ありと思う心のあだ桜 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」

今、咲き誇っている桜も、もし夜中に嵐が吹いてしまえば、散ってしまうかもしれない。この自分もまた、明日にはどうなってしまうか分からない身である。そのような、無常観が感じられるうたです。

親鸞聖人は、なぜ9歳で、このような無常観をお持ちだったのでしょうか。

親鸞聖人が出家をした養和(ようわ)元年(1181年)は、養和の飢饉がおこり、親鸞聖人がいた京都の市中では飢え死ぬ人が多数出て、街には遺体があふれ、各所で異臭を放っていたといいます。当時を記した書物には、4万人を超える死者が出たと記され、川の付近に打ち捨てられた遺体はその数に入っていなかったともいいますので、かなり悲惨な状況であったと想像されます。

日照りや、台風、洪水などが続けておこり、飢饉の原因となり、また流行り病も広がっていたと言われています。

そして通称、源平の戦いと言われる内乱がおこるなど、かなり混沌としていた時代だったと想像されます。

さらに、親鸞聖人の家系である日野家は、「鹿ケ谷の謀議」(ししがたにのぼうぎ)という平家打倒の事件に絡んだことで、日野一家の出家という事態になったと言われいます。

親鸞聖人の父である日野有範(ありのり)公、そして、親鸞聖人と弟4名、日野家の男性全員が出家をしています。一家の出家というのは、当時でもかなり珍しいケースのようです。

このように、親鸞聖人の幼少期は、飢饉や内乱、政治的な事件による一家の出家など、混乱の中にあり、そうしたものが親鸞聖人の無常観を育んできたのではないかと想像されます。

こうして親鸞聖人は9歳で、親元を離れ、お寺に預けられ、得度なさいます。得度とは、僧侶になる儀式のことです。その得度の際によまれたのが、先程紹介した桜のうただと言われます。

親鸞聖人お得度の地は、現在の京都市東山区の青蓮院(しょうれんいん)と伝わっています。そして、当時の仏教界の大人物である慈円和尚(じえんかしょう)に得度の儀式をしてもらったと伝わっています。

その得度の日、得度の地に着いたころにはもう日暮れ時になっておりました。慈円和尚(じえんかしょう/慈鎮和尚)から、得度はまた明日にしようと提案があったそうです。それに対して、9歳の親鸞聖人は、どうか今から、得度式をしてくださいませんかとうたわれたのが、先ほどのうただと言います。

時は桜の季節。満開の桜のもと、散りゆく桜にご自身の心境を重ね、うたをうたわれました。

「明日ありと思う心のあだ桜 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」

今、咲き誇っている桜も、もし夜中に嵐が吹いてしまえば、散ってしまうかもしれない。この自分もまた、明日にはどうなってしまうか分からない身であります。また、今している決心も、明日になったから変わるかもしれない。だからどうか、今から得度式をしてくださいませんか。うたをとおして、そのような思いを訴えたと言われます。

親鸞聖人が、本当に9歳でこのようなうたをよまれたのか、そして仏教界の大人物である慈円和尚に得度をしてもらったのか。そのあたりは、定かではありません。

しかし、この伝承からは、親鸞聖人が9歳ながらに無常の世を感じ、だからこそ今から得度式をしてほしいという切なる願いを持って臨まれていたことが表現されているように思われます。

実際に、養和の飢饉や、内乱の戦いによって、京都の町は大変混乱をし、政治的な事件が重なり、親鸞聖人は親元を離れてお寺に預けられ、得度をなさいます。

現代は、またその当時とは違う時代です。医療や社会インフラの発達により、人の寿命は延びました。

感じ方は人それぞれですが、昔に比べれば死が遠くに感じられる時代になりました。しかし、実際には老病死という、歳を重ねて、病になり、亡くなっていくという現実は変わっておりません。

我々は、時間の有限性や、無常を感じる時、かけがえのない一瞬一瞬を生きていること、かけがえのない人生を生きていることに気付かされることがあります。

死するいのちを生きれども、無常がいのちを輝かす。

このたびは桜の季節でございます。この桜をあと何回見れるだろうか。歳を重ねれば、そうしたことが自分事として実感される方も多いのではないでしょうか。

また、親鸞聖人のように、年齢に関わらず、無常観をお持ちの方もおられます。その無常観の中で見る桜は、より一層はかなく、美しいものでしょう。

桜ばな いのち一ぱいに咲くからに
生命(いのち)をかけてわが眺めたり

皆さん、今年の桜は、どのような思いで眺められるでしょうか。

ヘルシーテンプル@オンライン。幸せを育む法話の時間ということで、本日は親鸞聖人幼少の頃のエピソードや、桜にまつわるうたを紹介させていただききました。

この後、皆様にご感想などいただきつつ、対話をさせていただきたいと思います。

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最後までご覧いただきありがとうございます。

合掌

福岡県糟屋郡宇美町 信行寺(浄土真宗本願寺派)

神崎修生

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