【幸せを育む時間】消費社会をテーマに人生や幸せを考える【マルクス・ガブリエル氏】

私は「幸せを育む時間」ということで、人生や幸せについて考えるご縁となるようなお話をさせていただいております。

今回は、哲学者マルクス・ガブリエルさんのインタビュー本『つながりすぎた世界の先に』を参考に、消費社会をテーマに、人生や幸せについて考えてみたいと思います。

マルクス・ガブリエルさんは、ドイツの若き天才哲学者ともよばれている方です。

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◆人類が抱える課題とテーマ

さて現在、世界中がパンデミックになり、これまでのあり方とは随分変わりましたね。マスクをしたり、会議もオンラインでおこなったり。これまでの当たり前が当たり前ではなくなりました。

当たり前が当たり前ではなくなったことで、これまで前提にしていた価値観を見直す機会にもなったかもしれません。

豊かさとは何か? 幸せとは何か? 働くとは何か? 家族とは何か? 生きるとは何か? そうした問いについて考える機会にもなっているかもしれません。

そして、気候変動と自然災害。毎年のように7月の大雨によって、日本各地で災害が起きています。今年は熱海での土砂災害は特にショッキングでした。

また夏の気温が暑すぎて、外に出るのも躊躇するほどで、人の生活様式も変えざるを得ないような状況になっています。また、格差も広がっていると指摘されています。

本当にこのままで大丈夫か?そういう課題も突きつけられているように思います。今、人類の大きなテーマは、持続可能性であろうと思います。

現代は、人が利益や消費を中心に行動をし、エネルギーや物質などを必要以上に消費してしまう消費社会、資本主義社会です。そのあり方が限界に来ている。資本主義のあり方が転換期に来ているとも言えるかと思います。

そうした中、マルクス・ガブリエルさんは、倫理資本主義というものを提唱しています。

◆危機は倫理的進歩をもたらす

マルクスさんは、「危機は倫理的進歩をもたらす」と考えているそうです。人類には自分たちの置かれた状況を改善する多大な可能性がある。危機に直面して、人間は倫理的に行動してきた。マルクスさんはそのように見ておられるそうです。

それはつまり、新型コロナウイルスの危機に直面したことで、人間は倫理的に行動し、社会の状況をより良い方向に改善していく可能性があるとも言えるかもしれません。

例えば、マスクをするのも、自分がウイルスに感染しないようにするためという側面と、人にうつさないようにするためという側面がありますね。人にうつさないようにするという理由からマスクをするのは、倫理的な行動ですね。

マルクスさんは言います。「命取りになりうるウイルスを拡散してはいけないのは、相手が人間だからです。私がウイルスを拡散しないのは、他の人間にしてはならないことだからです」。

マルクスさんは、ご自身や家族のことだけで言えば、新型コロナウイルスの感染に対して、それほど過敏にはなっていないとのことです。それは、新型コロナウイルスの死者数や重症化率を冷静に見た上でのことでしょう。

しかしコロナ禍では、なるべく屋内では人とは会わないという選択をしているそうです。それは、自分が人にうつしてしまう可能性があるからです。

ご高齢の方など、人によっては新型コロナウイルスで重症化したり、亡くなったりすることもあるので、人にうつさないようにと考えての行動を心掛けているということですね。こういう行動が倫理的な行動と言えるかと思います。

マルクスさんは、「倫理とは、文化圏によって異なることのない、普遍的な価値のこと」だと言います。日本の倫理と中国の倫理が異なってはいけない。そこに違いがあるとしたら、それは倫理とは関係のないことになるとのことです。倫理は人類を結びつけるもの。マルクスさんは、倫理についてそのように考えているそうです。

本には、このような例えも出てきます。誰かが赤ん坊を階段の上から投げて殺そうとしたとします。そうしたら、多くの人が「やめろ!」と言うでしょう。そして赤ん坊を投げるという行為は、非倫理的な行為だと考えるでしょう。それはなぜかというと、人間として他の人間にしてはいけないことだからです。こういうものが倫理だと、マルクスさんは説明されています。

◆人類がウイルスから得た教訓

マルクスさんが考えるパンデミックで直面している真の危機、最大の危機は、環境危機と経済危機だそうです。今真剣に議論しなければならないのは、環境危機と経済危機にどう倫理的に対処するかだと言います。

パンデミックによって、多くの人が失業に追い込まれ、多くの会社や業界が存続の危機にあります。そして、地球温暖化などの環境問題に関しても、パンデミックによって改めて考える時期に来ているでしょう。

マルクスさんは、人類はウイルスから教訓を得たと言います。つまり、ウイルスは倫理的行動こそが問題の解決策であることを教えてくれたと、マルクスさんはそのように捉えているそうです。

ただし、世間では倫理的な行動をとることは、自己の利益にならないという認識が広まっているとも、マルクスさんは述べています。

人のために行動することは、自分の利益には直結しないとか。むしろ、正直者は馬鹿を見るとか、優しさが仇になるとか、ともすればそういう認識もあるかもしれませんね。しかし、マルクスさんはそうではないと考えているようです。

利他的な行動のみが倫理的行動だと考えがちだか、これは非常に有害な考えで、否定する必要がある。経済と倫理は相反するという考えは誤解である。例えば、失業者を雇用したり、環境保全をおこなったり、資本主義や市場のインフラを使って倫理的に正しいこともできる。マルクスさんは、そのように述べておられます。

つまり、倫理的な価値と経済的な価値とを一致させることが大事なことで、マルクスさんはこれを「善の収益化」と呼んでいるそうです。

善を収益化できるのに、我々はなぜ悪を収益化するのか?搾取が最高のビジネスモデルだと決めたのは誰か?今起きていることは全て、市場経済は労働を外部委託して、人を搾取することによって成立するという間違った考えに基づいている。マルクスさんはそう断言しています。

例えば、ドイツの豊かさは外国の工場労働者の搾取の上に成り立っているが、このやり方は間違っていた。つまり、現在のドイツが直面している経済危機は、過去の非倫理的な行動がもたらした結果だと、マルクスさんは言っています。

倫理的価値と経済的価値はまったく同じであると考えることを、マルクスさんは提唱しています。つまり、倫理的に良い行動、正しい行動をとった結果、それが経済的な利益を生むことは可能であり、そうしたあり方を作っていくことが大事だということでしょう。

儲けになるのであれば、何をしても良いかというと、そんなことは良くないという気持ちは我々にはあるはずです。

日頃何気なく着ている服や、飲んでいるコーヒーなどがどういう環境下でつくられたものか。例えば、幼い子どもたちが教育機会も与えられず、一日中働いた結果つくられているものだとしたらどうでしょう。とても劣悪な環境下でつくられた商品だったらどうでしょうか。

普段我々は、その商品の製造過程を気にするよりも、品質とか価格などに気がいくかもしれません。しかしもし、商品を製造するために劣悪な環境下で働いているのが、自分や自分の家族、自分の子どもだったらどうでしょうか。

我々はたまたま、現代の日本に生まれましたが、別の時代の別の国に生まれてもおかしくはなかったはずです。今ある自分の状況は、自分の行為によって得られたものもありますが、多くの偶然によって成り立っているという前提を忘れてはいけません。

逆もしかりで、劣悪な環境下で働かなくてはならない状況にある人は、本人の力ではどうしようもない、その国、その地域、その時代に偶然生まれたという側面があります。我々の今の人生は、その多くが偶然によって成立しているものです。

また、多くの森林を伐採するとか、生態系を壊してしまうような捕獲とか、製造過程で出る汚染物質が、周辺の人々を苦しめているとか。そうしたことは、本来的には我々は望んでいないはずです。

自分の土地で、自分の住む地域でそういうことが行われていたら、我々は憤り、抗議するのではないでしょうか。

こうしたことを知り、倫理的なあり方の大切さについて考えた時、我々の購買行動や、製品製造のあり方は変わるかもしれません。

適切な雇用を生み出し、人が尊厳を持って豊かに生きていけるようなあり方として仕事がある。そして、環境やその地域に住む人や使う人のことが配慮された原材料、製品である。そうした良い製品が手頃な価格で買えるのであれば、我々はそうした製品を手に取るのではないでしょうか。

倫理的な価値を大切にする企業が、経済的な価値も高めていく。そうしたことは成り立つじゃないか。そんな主張を、マルクスさんの提言から感じます。

儲ければ良いというあり方はやめ、また、倫理的に正しいことは儲からないという認識も改めていく。そうしたことを考える時期に来ているのかもしれません。

日本には、近江商人の三方良しという「売り手良し、買い手良し、世間良し」の、社会貢献を前提にした経営哲学もあったくらいですから。消費社会になる前の日本のあり方も、参考になるかもしれません。

とはいえ、倫理資本主義は本当に成り立つのだろうか。利益や利便性中心の価値観が根を張る消費社会を生きる我々は、そういう疑問も出てくるかもしれません。

中長期の持続可能性よりも、短期的な自己利益を求めてしまう。自分が良ければ良い。そうした本能にも近い欲が、むくむくと沸き起こってくるかもしれません。

ただし、そうした反倫理的な過去・現在の行為によって、環境危機や経済危機も起きているというマルクスさんの主張を考えてみることで、我々の生き方、あり方を考える一端になるかもしれません。

今回は、哲学者マルクス・ガブリエルさんのインタビュー本『つながりすぎた世界の先に』を参考に、消費社会をテーマに、人生や幸せについて考えてみました。

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最後までご覧いただきありがとうございます。
合掌
福岡県糟屋郡宇美町 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生

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