【幸せを育む法話】第22回_人生の方向性を定める

この法話は、2021年4月14日に行われた、お寺のオンライン朝会のものです。

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ヘルシーテンプル@オンライン。本日は信行寺版です。

「幸せを育む法話の時間」ということで、ご参加の皆様と共に、人生や幸せについて考えさせていただいております。本日のテーマは、「人生の方向性を定める」というテーマで考えてみたいと思います。

◆小学校入学祝から感じたこと

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昨日、ご門徒様の小学校入学祝を信行寺でおこないました。

例年、近隣の小学校の入学式の日に併せて入学祝をおこなっております。学校での入学式が終わった後、お寺にご参拝いただいて、一緒にお経をあげ、法話をして、記念品の贈呈をします。

お子さんたちは、これまでの幼稚園とは違った小学校の雰囲気にどんなことを感じたのでしょうか。

振り返ってみると、私自身の小学校入学の日は、もう30年くらい前になりますけれども、断片的ですが、未だに覚えています。同じクラスにはどんな子がいるのだろうか。これからどんな生活が始まるのだろうか。多少の不安の中にも、未来が光り輝いて見えました。

あれから、30年。振り返れば長いようにも感じるし、あっという間だったようにも思います。昨日の小学校入学祝の時に、お子さん、親御さんへするお話を考えている時に、ふとこんなことを思いました。

小学生の時の自分と、今の自分と、何か変わっただろうか。人として、成長できたのだろうか。

そんなことを改めて、問い直してみました。皆さんは、小学生の頃の自分と比べてみて、どのように感じられるでしょうか。

◆自利利他円満な生き方

仏教には、人間が人間として歩んでいく方向性として、自利利他円満という考え方があります。

自らを利する、他者を利する。その両方が兼ね備えられている、円かに満たされている状態が自利利他円満です。自利利他の利とは、利益(りやく)という言葉が略されたものです。一般的には、利益と書いて「りえき」と読みますが、仏教では「りやく」と言います。

簡単な言葉で言えば、自利とは自らのため、利他とは他者のため。そういう言葉で使われることもあります。

もう少し突っ込んで考えてみると、自利とは何かというと、

・人生における本当に大切なものは何だろうか。
・自分の心が満たされるようなあり方とは、どういうあり方だろうか。
・本当の幸せとはどういうものだろうか。

そのようなことを考えていくことが、自利、自らを利する、利益することと言えるでしょう。

本当に心を満たすものでなければ、どれだけ手にしてもいつまでも心は満たされず、かえって焦ることもあります。

我々、心の奥底では、幸せになりたいと願って生きています。そして、心を満たそう、何かを手に入れて満たしていこうと、必死になって何かを求め、生きているのではないでしょうか。

そして、目の前に見えやすいのが欲望です。あれがほしい、これがほしいといった思いです。ですから、我々は欲を満たそうとしますが、欲のままに生き、欲を消費して生きることで心を満たせるかと言えば、そうでもありません。かえって虚しくなることもあります。

自利と利己とは違います。

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たとえお金の雨が降ろうとも、欲望が満足することはない。
「快楽の味は短くて苦痛である」と知るのが賢者である。
『ダンマパダ』186

この言葉は、お釈迦様、ブッダの言葉です。

お金とはどんなものか、欲望とはどういうものか。そのことを、認識しておくことは、人生を変えていきます。

お金とは、時間やモノを買うことができる便利な道具です。しかし、よく言われることですが、お金などの道具とは、手段であって目的ではありません。ついお金を持つことが目的だと思ってしまったり、気が付けばお金のための行動を最優先に考えてしまっている。そんな自分はいないでしょうか。

食べていけるだけのお金は勿論必要ですが、道具とは本来的に、その道具を使って、どうありたいのかということが重要なことです。

そして、欲望とは、満たされれば瞬間的に快楽となりますが、一瞬で消えてしまいます。そして、際限がなく、ずっと追い求めてしまい、手放せなくなるものです。ですからブッダは、欲望とは苦しみである、快楽の味は短くて苦痛であると言われました。

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他の人たちが安楽だというものを、聖者たちは苦しみであると言う。
他の人たちが苦しみだというものを、聖者たちは安楽であると言う。
解し難い真理を見よ。
無知なる者たちは、ここで迷うのである。
『スッタニパータ』762

ある人にとっては、欲望をかなえることが幸せであると考えます。しかし、ブッダはそれを、苦しみであると言いました。

ある人にとっては、欲望や快楽を手放し、本当に心が満たされていくような歩みをしていくことは、理解できなかったり、遠回りしているように感じたり、苦しさを感じる場合もあるでしょう。しかし、ブッダはそれを、真の幸せであると考えました。

・ただし、本当に大切なものとは何であるのか。
・本当に心が満たされていくあり方とはどういうものなのか。
・真の幸せとは何なのか。

そういうことは見えづらいものです。そして、目の前の欲望のほうが見えやすく、手に入れやすいと思ってしまいます。我々は、欲望をかなえていくことで満たされていくと思ったり、幸せになっていくと思うものです。

ものによっては、手に入れて良かったと思うこともあるでしょう。ただし、その手にするものが何なのか、手にするものでどうありたいのか、どういうあり方がいいのか。そういうことを考えることが大切です。

お金や欲のことを正しく理解することは、人生で大切なことです。それは、一生をお金と欲望に費やして生きてしまう人生から、少し距離を置いて、人生を冷静に見つめることができるからです。

正気を取り戻し、本当に大切なものは何だろうか、心が本当に満たされるとはどういうあり方なのかと考え、人生の方向性を定め、真に幸せな人生を歩んでいくことにつながるからです。

◆利己に閉じない生き方

また、自利利他円満という言葉は、自利は利他とつながっていることをあらわしています。

人生の方向性として、自らが良ければ良いという利己的な生き方に終わらないあり方、自らを利し、そして他者を利するというあり方が示されています。

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先ず自分を正しく整え、その後で他者を教えよ。
『ダンマパダ』158

ブッダは、自らが良ければ良いという、利己に閉じない生き方を示されました。

ムハマド・ユヌスという方は、母国のバングラデシュで、貧困の連鎖に苦しみ、大勢の女性がいのちを落としている現状を嘆き、その女性たちが自立できる仕組みを整えました。

そのムハマド・ユヌスという方は、このような言葉を語ったと言います。

その日一日、たとえほんの数時間でも、自分を他の人のために役立てることはできる。

とても、素晴らしいあり方だと思いました。

利己に閉じない生き方。自らの利となることが、他者の利となり、他者の利となることが、また自らの利ともなる。自利利他円満な生き方。

自らが満たされないことには、中々そのステップにいけませんが、どこかで人生を自利利他という方向性で捉えておくことで、生き方や仕事の捉え方が変わってくるはずです。

◆最後に

昨日は、小学校入学祝でした。私は、小学校に入学してから、30年数年が経過しました。

今ようやく仏法に出遇い、自利利他という人生を歩む方向性を教えていただいています。

幸せを育む法話の時間ということで、本日は「人生の方向性を定める」というテーマでお話をさせていただきました。

皆さんは、人生を振り返ってみて、今どんなことを感じるでしょうか。この後、お話をご一緒してまいりたいと思います。

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最後までご覧いただきありがとうございます。合掌
福岡県糟屋郡宇美町 信行寺(浄土真宗本願寺派)
神崎修生

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