自分を取り戻す時間がここにある。神谷町光明寺 テンプルモーニング

本日は、「〈自分を取り戻す時間〉がここにある」というテーマでお話をさせていただきます。

〈自分を取り戻す時間〉という言葉は、ある女性がおっしゃった言葉で、とても印象的だったので、そのことについてお話をさせていただきます。

▼動画・音声でご覧になりたい方はこちら

https://youtu.be/GS1iJx8pR9o

 

目次

  1. Temple morning
  2. 自分を取り戻す時間
  3. 掃除をさせてくれてありがとう
  4. ニュートラルな自分に戻る

 

Temple morning

3月5日に東京神谷町の光明寺で、Temple morningに参加してきました。朝の7時半から、お寺の本堂でお経をとなえ、境内を参加者の皆さんと掃除をし、その後、本堂でお茶を飲みながら、車座になって話をするという内容でした。

神谷町光明寺は、霞ヶ関や赤坂、六本木などの都会のど真ん中にあるお寺ですが、境内には木々もあり、鳥の鳴き声も多く、都会のオアシスのようでした。3月の晴れた朝の7時台は、ひんやりとしてとても心地よく、その中で箒をはきながら、自分の心のよごれを落とすような感じがしました。

この日は、20名程の参加者がおられ、思い思いの場所を掃除しておられました。ある方は、掃除をして綺麗になったことの喜びや、自分が掃除をしたお寺の一部が、まるで自分の居場所のように感じられ、愛着がわくようになるとおっしゃっていました。

そして、掃除をするという主体的な行動があることで、自分の役割を感じ、ここにいていいんだと思える喜びがあるという声もありました。職場や学校で、自分らしくいられる場所がない方もおられ、無条件に、ここにいて良いんだと思える場所があることは、とても素晴らしいことだと思います。

 

自分を取り戻す時間

さて、テーマの〈自分を取り戻す時間〉についてですが、その言葉も、Temple morningに参加しておられる方の感想から出た言葉でした。なぜ、Temple morningに参加されているのですかと伺ったところ、「私にとっては、〈自分を取り戻す時間〉なんです」とおっしゃいました。

「どういう意味ですか?」と伺ったところ、「私は、仕事をしている毎日の中で、段々と本来の自分とかけ離れていき、そのギャップが大きくなりすぎて、つらくなるんです。でも、Temple morningに参加することで、本来の自分が取り戻せるような感覚がするんです」とおっしゃっていました。

なぜ、その方が仕事をしていて、本来の自分とかけ離れていくように感じるのかまでは、伺いませんでしたので、詳しい理由は分かりませんが、私も似たような感覚になるようなことはあります。

私の場合は、人間関係の中で、こうあるべきという価値観を押しつけられた時や、しかも自分は全くそうすべきだとは思えないような時、しかし、そうせざるを得ないような時など、本来の自分とはかけ離れたような状態になり、きつくなることがあります。

その女性の方が同じ状況どうかは分かりませんが、いずれにしろ、本来の自分を取り戻せるということは、自分らしくいられるということだろうと思います。

 

掃除をさせてくれてありがとう

また、Temple morningに複数回参加されている方は、掃除をさせてくれてありがとうと思うとのことでした。頼まれたわけでもないのに、自ら早起きをして、掃除をしにお寺まで来られるわけです。そして、少しの時間対話をする。

それだけなのに、自分がここにいていいと思えたりとか、自分らしくいられるとか、本来の自分が取り戻せるとか、それはすごく場の価値が高いと思いました。

本当は必要だけれども、日常生活の中で、それが実現できていないからこそ、貴重で価値があるのでしょうね。

在宅ワークをされているある方は、3日間家にこもりっぱなしの時もあるようで、光明寺で月に2回おこなわれるTemple morningがあると、必然的に早起きするし、家を出て外の空気をすうし、掃除したりして心を整えたり、来られた方と話をして、人とのつながりを感じられたり。貴重な機会になっているようでした。

Temple morningが、本来の自分を取り戻す時間と言われていた方にとっては、その時間がないと、どんどんと本来の自分とかけ離れていってしまう、疲れ切ってしまう日常になってしまうわけです。それを一旦、リセットする、ニュートラルな自分になる、そういう場であり、それが習慣化される場であるということでしょう。

もし、このような場の貴重性と価値が感じられるのであれば、私に掃除させてくれてありがとう、このような機会をつくってくれてありがとうという思いをいだくのは、何ら不思議ではありません。

その言葉は、場を主催している人にとっては、何より嬉しいものだろうと思います。

 

ニュートラルな自分に戻る

お寺だけでなく、神社も似たような場の力があるのだと思います。加藤大志さんという神職の方は、神社は、人を元気にする場だと思うとおっしゃっていました。しかも、その元気になるとは、テンションがあがるとか、高揚するといった種類のものではなく、ニュートラルな自分に戻れるといった種類のものであるということを伺いました。

例えば、負の感情を抱えていて、それを発散するというよりは、その負の感情が解きほぐされ、はがれていき、一度心が空っぽになって、そこに良き感情が心を満たしていくような感覚に近いのかなと思いました。感情としては、癒やしであり、安心であり、温もりであり、喜びであるのかもしれません。

本来的な自分に戻れる場所、ニュートラルな自分に戻れる場所、そのような場としての力が神社やお寺にはあり、それを日常的に活用していただける、生活に取り入れていただける、習慣化していただけるような場の設計をしていくことが、大切なことだと感じました。

Temple morningのような場があると、気軽に参加しやすいし、本来的な自分に戻れる場所、ニュートラルな自分に戻れる場所という貴重性や価値を考えると、Temple morningはおこなう意義があることであると、強く感じました。

どの宗教とか宗派とか、どのお寺に所属するとか、そうした思いを参加者に抱かせるような場の設計ではなく、一人一人が、より良く生きていく、Well-beingな人生を歩んでいけるような方向で、お寺の場の設計、お寺のあり方を考えていくことが重要だと、僧侶として思いました。

その一つの形がTemple morningなのだろうと思います。まだ、私がお預かりしている信行寺では、Temple morningはおこなっていませんので(私一人が、お寺で掃除したり、読経したりはしていますが)、それをお裾分けしていく機会がつくれるといいのだと、Temple morningに参加して思いました。

また、皆さんが求められていること、率直な感想など、お聞かせいただけると嬉しく思います。

最後まで、お読みいただき、ありがとうございます。

合掌


浄土真宗本願寺派 教證山信行寺

神崎修生

 

▼関連の記事はこちら

生きている実感と人生が豊かになる習慣

当たり前ではないことに本当に気付かされる時、人生は輝く