人生を豊かにする2つのポイント。前編

皆さん、こんにちは。僧侶の神崎修生です。

本日は、「人生を豊かにする2つのポイント」というテーマでお話をさせていただきます。

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結論から言うと、人生を豊かにする2つのポイントとは、感謝と恩送りです。

それ以外にも人生を豊かにするものも勿論あります。今回は、自分が最終的にどうなっていたいかという人生の目的の観点と、生きていて良かったと思えるような人生の深い味わいの観点からみた場合に、感謝と恩送りが、人生を豊かにする重要なポイントとなるというお話をしたいと思います。

僧侶としての経験と、仏教の教えから思うことを、お話をさせていただきます。

目次

  1. 当たり前が当たり前ではないことを実感している今
  2. 感謝が人生を豊かにする
  3. 今を大切に生きることが人生を豊かにする

当たり前が当たり前ではないことを実感している今

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新型コロナウイルスによって、当たり前だと思っていたことが当たり前ではなかったと、世界中で一斉に実感しているように感じます。

学校は休校になり、在宅ワークは増え、お店は閉まり、どこに行くにも気をつけるような状態になり、時代の変化のさなかにいることを実感します。


▼当たり前が当たり前ではないことについて思うことは、先日詳しくお話しましたので、宜しければこちらもご覧ください。

感謝が人生を豊かにする

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当たり前が当たり前ではないことへの実感から生まれる感情が2つあると思います。

一つは感謝、もう一つは今を大切に生きようする感情です。

これが、今回のテーマである「人生を豊かにする2つのポイント」と重なってくる部分でもあります。

まず、感謝についてお話をします。

当たり前が当たり前ではないことに気付くということは、これまでの日常が、いかに多くの要因よって成立していたものであったかに気付かされるということでもあります。


例えば、自分が病気になった時などには、これまで心身が健康であったり、何らかの収入があることによって、今までの生活が成立していたんだということへの気付きがあるかもしれません。

家族や周りの人を失った時には、その存在の大きさや、精神的にも実際的にも、多くの支えや助けをもらっていたんだと気付くかもしれません。

社会に対してですが、地震や今回の疫病、食糧難などがおこり、これまでのような生活ができなくなった時には、これまでの生活が成立していたのは、多くの方がそれを支えてくださっていたから成り立っていたんだと気付くかもしれません。

具体的に、日常の生活に必要な物やサービスをつくり、流通販売され、使用できる形で手元に届くようにインフラが整備されていることに、多くの方が従事され、日々取り組んでくださっているおかげで日常があったことなどへの気付きです。

食料も医療も研究も芸術もそうです。多くの方のおかげで、生活に必要なもの、生活を豊かにするものを我々は享受でき、日常生活がおくれていたことへの気付きがあります。


このように、当たり前が当たり前ではないと実感した時に、こうした、自他の様々な要因によって、自分の日常が形成されていたことへの気付きが生まれ、心から感謝する、心からありがとうが出るということがあるかと思います。


先日、このコロナ禍の中、オンラインでお子さん向けに授業をさせていただく機会がありました。そこで、感謝の思いや言葉をどんなときに、誰に伝えますかということを、お子さんたちと一緒に考えました。

「お母さんが食事をつくってくれるたびに、ありがとうと言っています」
「郵便配達の方が荷物を届けてくれた時に、ありがとうと言います」
「おじいちゃんおばあちゃんからものをもらった時に、ありがとうを伝えます」

このような答えが返ってきて、お子さんらしいと思うとともに、とても純粋で素直な思いを感じ、嬉しくなりました。

お子さんも含めて、当たり前が当たり前ではないと、多くの方が実感する今、心からのありがとうを実感するタイミングでもあると思います。

そして、このありがとうという感謝の思いが、日々や人生を豊かにするものでもあります。

今を大切に生きることが人生を豊かにする

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当たり前が当たり前ではないことへの実感から生まれる感情のもう一つ、今を大切に生きることについてお話をさせていただきます。

当たり前が当たり前ではないということは、言い換えれば、この日々が当たり前に続いていくわけではないことに気付くということでもあります。

これは、新型コロナウイルスに関わらず、老病死といった歳を重ね、病になり、亡くなっていくといった実生活の中で、気付かされる部分でもあります。

ある意味では、いつも非常時を生きていることへの気付きであり、そこから人生を考えさせられるということがあるかと思います。


・何のために生まれてきたのか?
・何のために生きているのか?


当たり前が当たり前ではないと気付かされる時に、このような人生の根本的な問いについて考えさせられることがあります。ここまで直接的な問いではないにしろ、これまでの人生への疑問や、漠然とした不安が、老病死を実感するようなタイミングでわいてくることもあるかと思います。


そして同時に、これまで以上に今を大切に生きていこうとする思いがわいてくるようにも思います。老病死の実感とは、生の実感でもあります。

思い通りにならない現実の中にも、人生の意義を考え歩んでいこうとする、今を生きている実感です。

しかし、今を大切に生きるとは、具体的にはどうすればよいのでしょうか。その答えの一つが、恩送りだと思います。

このことについては、またの機会にお話をしたいと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

合掌


浄土真宗本願寺派 教證山信行寺

神崎修生

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